■ PAM-CEM導入事例 - マツダ(株)様 (電子実研グループ)![]()
電子実研グループ(※)は、マツダのクルマに搭載する電装部品の研究開発を行っている部門です クルマは、基本的に「機械制御」の乗り物ですが、近年は、カギを差し込まなくてもドアの開け閉めやエンジンの始動ができる「キーレスエントリ」や、車線変更時の衝突を未然に防ぐ「側面衝突防止装置(自動車レーダー)」など電子制御技術の重要性が高まりつつあります。電子実研グループでは、それら電子制御技術(電磁波技術)に関する研究開発も行っています。 PAM-CEMは、様々な電装品が生み出す電磁場(電界分布)をシミュレートするためのツールとして活用しています。 2009年にはマツダ技報において、「キーレスエントリー受信感度バーチャル評価技術の開発」という論文を書きました。
― 今日は主に「クルマにおける電磁波制御の全体像」、「側面衝突防止装置やキーレスエントリなど、最近の電子制御システムにおける電磁波シミュレーションの意義と概要」についてお聞きいたします。 分かりました。なお事例インタビューへの回答ということで、技術的厳密さよりもわかりやすさを優先して話すことをご了承ください。また企業秘密に関わる部分は、「ぼやかした言い方」でお答えすることも、併せてご了承ください。
― クルマの電磁波解析と、家電など一般電子機器の電磁波解析との違い(クルマならではの点)を教えてください。 私見ですが「大きいこと」が違いになるでしょう。単純に云って、テレビや冷蔵庫よりもクルマの方が巨大です。巨大である分、シミュレーションの際にメッ シュを切る量が多くなり、計算量が多くなります。また、クルマに搭載されている非常に多くの部品を、高精度でモデル化するには、細かいメッシュが大量に必要です。一個の部品のシミュレーションを行うだけなら、極論すればフリーソフトウエアでも可能です。しかし、多くの部品が搭載されたクルマの「全体の電磁波状況」を知ろうとする場合、計算量は膨大になります。PAM-CEMのようなハイエンドのシミュレーションシステムが必要となる所以です。 ところで電磁波解析のあり方の違いを考えるなら、クルマと家電を比較するよりも、「トラックや船舶など産業用の乗り物」と「マツダが作っているような一般向け乗用車」とで比較した方が違いが際だつと考えます。特に、最近、重点的に取り組んでいる「レーダーを使った側面衝突防止装置」においては違いが顕著に現れます。
高速道路などで車線変更しようとするとき、斜め後ろから別のクルマが来るのに気づけず、側面衝突事故が起きることがあります。こうした事故を未然に防ごうと開発されたのが側面衝突防止装置(※)です。 側面衝突防止装置では、クルマの後方バンパーに内蔵されたレーダーにより、斜め後ろのクルマを捕捉し、運転者に警告します。例えば、レーダーが、自車の右後方に別のクルマがいることを認識した場合には、右バックミラーにクルマの小さなマークを映し出して、運転者に知らせます。また、その状態で、右折しようと右ウインカーを出すと、大きな警告ブザー音が鳴ります。この後方衝突防止装置は、現在、マツダ車の、一部の車種(※)にオプション搭載されています。 この側面衝突防止装置(自動車レーダー)は、それぞれの車種ごとに、綿密な電磁波シミュレーションを施す必要があります。
― 側面衝突防止装置において、車種ごとに綿密な電磁波シミュレーションが必要になるのはなぜですか。 車種ごと(バンパーの外形デザインごと)に、レーダーが作る電界の分布が異なるからです。 バンパーの素材である樹脂は誘電体なので、レーダー(電波)がバンパーを通過する際に、電波の反射、散乱、屈折、回折が生じます。自動車レーダーの正確な動作を確保するためにも、クルマのデザイン(バンパー形状)ごとの電界分布をシミュレーションによって把握し、レーダー性能を確認しておく必要があります。
一番良いのは、レーダーがバンパーの外に露出していることです。バンパー樹脂がレーダーに干渉することはなくなり、シミュレーションも不要になります。同じ理由で、バンパーにレーダー用の穴が空いているのも最高です。 次に良いのは、バンパーが完全に四角形(平面構成)であることです。電磁波は、大きくは、平面に対して直角に入射した場合、反対側にそのまま出て行きます(屈折ゼロ)。斜めに入っていったとしても、反対側にどういう角度で出て行くかは、簡単な計算で分かります。ボディ(バンパー)が平面構成なら、レーダーの進路制御は容易です。 さて、いま述べたやり方は、実際のクルマづくりにおいて可能でしょうか。最初の「バンパーを露出させる(レーダー用の穴を空ける)」というやり方は、デザインが重視される一般乗用車では、もちろん無理です。次の「ボディ(バンパー)を四角くする」という方策ですが、マツダ車においては、伝統的に流れるようなボディラインを是としているので、残念ながら(?)、実現不可能です。 さてここで、しばらく前に述べた「一般乗用車と、トラックや船舶など実用の乗り物との、電磁波制御における違い」に話を戻します。 クルマ(一般乗用車)においては「デザイン」は、「実用性」と同等あるいはそれ以上に重要なので、レーダーを露出させたり、バンパーに穴を空けたりすることはできません。だから電磁波シミュレーションが必要になります。 一方、同じクルマであっても、実用性が重視される車種、例えばトラックにおいては、レーダーをクルマの外に取り付けることもあります。また船舶のレーダーも、艦の外に露出しています。この場合は電磁波(レーダー)を遮る外板がなく、簡単な計算で予測が立てられるので、シミュレーション自体が不要になります。 一般乗用車において電磁波シミュレーションが重視されるのは、外形デザインが多種多様なことも、理由の一つです。
― 自動車レーダーについて、さらに質問させてください。捕捉対象のクルマの形状は、捕捉のしやすさに影響を与えますか。 はい、影響を与えます。大きくは、バス、トラックなど、正面面積が大きく、かつ平面的である車種は、レーダー(電磁波)を反射しやすいので、捕捉しやすいといえます。逆に、正面面積が小さく、かつ流線型の、スポーツタイプの車種は、レーダー波の反射が少ないので、レーダー捕捉がしにくい車種です。 このような「捕捉しにくい形状のクルマ」であっても、様々な工夫を通じて正確に捕捉できるようにするのが、私たちの部門の腕の見せ所になります。先にも述べたとおり、流線型のクルマの場合、レーダー波の返りが弱いのですが、いくら弱いとはいえ、いくらかは返ってきます。その少ない反射波を捉えて、コンピュータ内でアルゴリズム処理し、何とか対象を、自動追尾可能な状態に固定(ロックオン)するのです。
― 「自動追尾可能(ロックオン)」とは、まるで映画「トップガン」の世界です。 はい、そのとおり。クルマの衝突防止装置のレーダーが近づいてくるクルマを固定捕捉するはたらきと、戦闘機が敵機をレーダー内で固定捕捉(ロックオン)するはたらきとは、原理的に同一です。「ロックオンする」とは、動き回る対象物の位置をレーダー(電磁波の反射)により情報を収集し、「この先、相手がいくら素早く逃げても、自動追尾・捕捉できる」ことがアルゴリズム的に担保できた状態のことを指します。自動車レーダーもまた、自分の斜め後ろにいるクルマをロックオンすることを、常に狙っています。
― 自動車レーダーは、「後ろから近づいてくるクルマ」と「ガードレールや建物など、止まっている物体」とをどう見分けているのですか。 大きくは、「自車を静止点と見なした時、自車の斜め後ろに、相対速度がほぼ同じ(=自車から見て、ほとんど止まっている)物体がある」としたら、それを「斜め後ろにクルマがいる」と見なします(※)。一方、ガードレールや建物など止まっている物体は、自車を静止点とした時、「自車と同じスピードで、自車とは逆方向(後ろ)に去っていく物体」になるので、これはクルマではないと判断できます。
― 最近はロードバイクブーム。道路の上をクルマ並のスピードで自転車が走っています。これは捕捉できますか。 自転車からのレーダー反射が検出できれば、クルマと同じように捕捉できます(バックミラーでの表示やウインカー作動時のブザー音など、衝突防止の警告も行われます)。ただし、自転車は正面面積が小さいので、レーダー波の反射量は少ないと予測されます。したがって捕捉はやや困難になりますが、ともあれ電波の反射さえあれば、捕捉は原理的に可能です。 ― 後ろからライオンが追いかけてきたとしたら、あるいはフサイン・ボルトがすごいスピードで走っておいかけてきたとしたら、捕捉できますか。 生体は、レーダー波(電磁波)を、自動車ほどは反射しません。ライオンやフサイン・ボルトの捕捉は、ちょっと難しいかもしれませんね(笑)
― 次に、キーレスエントリについてお聞きします。キーレスエントリの電磁波シミュレーションは、どういう点が大変ですか。 キーレスエントリのシミュレーションは大変です。大変である理由は「運転者がどちらの方向からクルマに近づいてくるか分からないこと」、「キーレスエントリに使われる周波数が、クルマの寸法と、若干、相性が悪いこと」の二つです。
― 順々にお聞きします。キーレスエントリの電磁波解析の大変な点1.「ドライバーがどこから近づいてくるかわからない」とは具体的には? 運転者(キーを持った人)は、前から、後ろから、斜めから、360度、様々な角度からクルマに近づいてきます。一方、クルマの形状は多種多様であり、特にマツダ車は「流れるデザイン」なので、運転者(キー)が近づいてくる方向により、電磁波の状態が変わります。このことは次の絵図を見れば、よくわかります。
シミュレーションも大変ですが、それ以上に大変なのが計測です。シミュレーションは、いくら精密であっても、結局は「予想」に過ぎないので、最終的にはシミュレーションの正しさを「実測」を通じて検証しなければいけません。とはいえ、目に見えない電波を計測、検証するのは骨が折れる作業です。
法律で決まっていることなので仕方がないのですが、個人的には、もう少し短い波長でも良かったと考えます。 ![]()
― ここからは、クルマにおける電磁波制御の「基本」の部分についてお聞きしたく思います。最初の質問です。クルマにおいては、電磁波の発信源は何になりますか? クルマの中の電磁波には、「本来機能の実現とは関係のないノイズとしての電磁波」と「本来の機能を実現するための電磁波」の二つがあります。 前者の「電磁波ノイズ」については、エンジン始動の際の点火系装置が、最大のノイズ発信源です。 一方、「本来機能のための電磁波」の発信源および周波数は、大きくは、次のとおりとなります。 ![]()
クルマにおける電磁波制御においては「ポジティブの実現」と「ネガティブの回避」という二つの側面があります。 まず「ポジティブの実現」の側面から見た場合、「それぞれの電装部品が、設計時に意図した機能、性能を実現できている状態」が良い状態です。オーディオが良い音で鳴り、パワーウインドウがサクサク動き、キーレスエントリが小気味よい音をたててドアを開け閉めするようであれば、それは良い状態です。 ところで電磁波には、空中を自由に飛び交い、隔壁をも乗り越え、空間を満たしていく性質があります。電磁波制御においては、この性質ゆえに生じうるネガティブ要素を回避すること、すなわち「電磁適合性(※)を確保すること」が求められます。 -- 電磁適合性とは何ですか。 電磁適合性(EMC:ElectroMagnetic
Compatibility)という概念は、1):他機器との電磁的不干渉性、2):他機器に対する電磁的耐性、3):自機器内での電磁的不干渉性という三つの要素概念から構成されます。
― 電磁的適合性について、クルマを例にして、さらに具体的に教えてください。 クルマにおける電磁適合性の確保は、イメージで説明するならば次のようになります。第一の「他機器との電磁的不干渉性」については、たとえば「道路が渋滞してクルマが大量に滞留している時でも、それらクルマ群から発せられる電磁波のせいで、近隣のテレビ映りが悪くなったりしない状態」とでも表現できます。第二の「他機器に対する電磁的耐性」とは、「仮に強力な電波を発する物体、たとえば東京タワーの側を走ったとしても、クルマ内の電装部品が誤作動しないような状態」でしょうか。最後の「自機器内での電磁的不干渉性」とは、例えば「ETCから発せられる電磁波のせいで、速度メーターが誤作動したりしない状態」となるでしょう。
― 機械制御の乗り物であるクルマにおいて、電磁適合性が重視されるようになった経緯を教えてください。 おっしゃるとおり、もともとクルマは、エンジン(内燃機関)やハンドル、ギアなどで動作する機械制御の乗り物です。30年前のクルマにおいては、電装品は、ラジオやカセットぐらいしかなく、電磁適合性はそれほど重視されていませんでした。 しかし、時代と共に、クルマの中にはETC、カーナビなど電装品が増えてきました。窓の開閉も手巻きから、モーター動力のパワーウインドウに変わり、スピードメーターも針が動くアナログ式から電子デジタル表示に変わり、今やエンジン始動さえもスマートキーレスエントリにより電子的に制御できます。 また外部のアクセサリ的な電装品だけでなく、クルマの動作に関わる根幹部分、例えばエンジンの燃料噴射量の調整やブレーキ制御においても、徐々に電子制御(コンピュータ制御)が浸透してきました。今やクルマの内部には数十個ものコンピュータ(CPU)が存在しており、内部の電気配線は、真っ直ぐ伸ばせば全長数キロにも及びます。 このようにクルマの中で「電気仕掛けの部分」が増えていくにつれ、電磁適合性の確保もまた重視されるようになりました。
― 続いて、PAM-CEMへの評価についてお聞きします。最初の質問です。そもそも論として「実研グループにとってのシミュレーションの根本価値」は何ですか。 実研グループにとってのシミュレーションの価値は、大きくは「開発期間の短縮(試作レスの推進)」です。 クルマの開発は、かつては一車種につき約五年かかるのが通例でした。まず設計して、それから試作車を作り、検証し、不具合を洗い出して、もう一度、設計し、試作車を作り…という過程を数回繰り返すと、結局五年かかるわけです。しかし最近のクルマの開発期間は、1年半程度です。この場合、試作は、一回きりで終わらせるのが理想です。 試作を一回で終わる状態は、「試作前の設計段階(出図段階)で、不具合はすべて洗い出され、すべて対処されている」必要があります。この「事前の不具合の洗い出し」を入念なシミュレーションにより実現します。 実施したシミュレーションの結果は、設計部に渡します。そのシミュレーションは、設計部にとっては「設計前の参考資料、目安」および「設計後の、その設計の正しさの検証」という価値があります。
― マツダ電子開発部がPAM-CEMを導入するに至った経緯をお聞かせください。 私たちの部署が、電磁波シミュレーションに本格的に取り組み始めたのは、2002年頃からです。最初は、単一の部品の電界分布を調べただけなので、単純なツールで十分でした。しかし2004年に入って、クルマ全体の電磁場をシミュレートする必要が生じたので、本格的な解析ツールを導入することにしました。 解析方式としては、モーメント方式からFDTD方式へ移行することを決めました。FDTD方式ならば、車体全体を対象とする、計算量の大きいシミュレーションにおいても、正確かつ短時間で計算できたからです。
PAM-CEMは、次の3点を高く評価しています。 良い点1.FDTD方式による大量計算への短時間対応 この点は、当初の期待通りでした。 良い点2.細かい要求への柔軟な対応力 新しい素材や方式が出て、それへの対応が必要になった時も、こちらが要求を出せば、次バージョンでの対応なり、アドオンの開発なり、何らかの方法で要望が実現されます。要望に対する実現力を感じます。 良い点3.メッシュが切りやすい PAM-CEMは、マツダで現在使っているCADデータとの相性が良く、オートメッシュ機能を使った場合でも、ほぼ一発で、矛盾やダブリのない「使えるメッシュ」が切れます。自動車のメッシュは数億にも上りますが、それをオートメッシュで「一発で決めてくれる」ので、シミュレーションの工数が削減できます。
― 5年間使ってみて分かった「PAM-CEMを良く使いこなすためのコツ」を教えてください。 あまり細かい部品の解析まで凝らない方が良いと思います。わたし自身、一度、電界分布だけでなく、複雑な形状のアンテナ特性(受信性能)まで調べようとトライしたことがありますが、そこまでやると、ちょっとハマるなと実感しました。
マツダでは、PAM-CEMの導入により、高い精度の電磁波シミュレーションを実現することができました。この先、クルマの研究開発において、電子制御の重要性はますます高まるでしょう。電子実研グループでは、今後も、工夫と研鑽を重ね、電磁波制御の側面から、より良いクルマづくりに貢献したいとと考えています。日本イーエスアイには、優れたシミュレーション製品と技術サポートを今後も継続提供していただき、マツダ実研部の取り組みをご支援いただくことを希望します。今後ともよろしくお願いします。
※ マツダ(株)様のホームページ ※ 取材日時 2010年6月 ※ 事例制作の株式会社カスタマワイズが執筆 |