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司会者に「司会をさせていただく○○です」と言われると、なぜ少し不愉快になるのか?

最近、「させていただく」は使われすぎではないかとよくいわれる。 特に、「司会をさせていただく田中です」というような言い方がきらわれているようだ。 (Googleで、「させていただく 司会」で引くと、たくさん例が出てくる。) 私も好きではない。でも、今までどうしてこの言い方が好感が持てないのか理由が分からなかった。 自分が仕事の場面で、「この度、事例を書かせていただく村中です」というのは別にいやではない。 しかし、テレビ番組や結婚式で司会が、「司会をさせていただく田中です」というのを聞くのはいやだ。 このちがいは何だろうか。ずっとわからなかった。 ところで、最近、「させていただく」の文構造について、自分の中で説明がついた。 (こちらをクリック) その説明をもとにすれば、「司会をさせていただく田中です」がなぜいやなのかが説明がつきそうだ。やってみる。 「この度、事例を書かせていただく村中です」とは、 「(クライアントが、村中に、)事例を書かせて」、 「(そのことを、村中が、クライアントから)いただいている」 という構造だ。これは目の前のクライアントに対する敬意である。 目の前の人に敬意を払うのは自然なことだ。 一方、「(この番組の)司会をさせていただく田中です」は、 「(番組制作者が、田中さんに)司会をさせて」、 「(そのことを、田中さんが、番組制作者から)いただいている」 という構造だ。これは番組制作者に対する敬意である。 ところで、田中さんは、「司会をさせていただく田中です」という言葉を、 テレビの前の視聴者に向けて言っている。 つまり、視聴者に向けて発する言葉の中で、番組制作者への敬意を述べていることになる。これは不自然である。それを聞いたわれわれも、どことなくひっかかりを感じる。 こう考えると、「~させていただく」を使って良い場面と良くない場面の使い分けができる。 「目の前の人に敬意を示す場合は、~させていただくと言ってよい」 「そこにいない人に敬意を示す場合は、~させていただくと言うのはよくない」 例: (本の著者を目の前にして) 「先日、先生の本を読ませていただきました。とても感激しました」   → マル (スピーチなどで) 「この間、○○先生の本を読ませていただいて、私はたいへん感激しました」   → バツ 最近は、政治家がテレビのインタビューやスピーチなどで、「させていただきます」を乱発するのもいやがられているようだ。 (「させていただく 政治家」でGoogleを引く) これも、同じ理由で説明できる。 「みなさまの願いを、わたくし○○が必ずや実現させていただきます!」と言うと、どうも迫力がない。 この文は、 「(自分以外の誰が別の人が、わたくし○○)にみなさまの願いを実現させて」、 「(そのことを、わくし○○が、みなさまから)いただいている」 という構造なので、結局、願いの実現が、みなさままかせになっている。 無責任感がただよう言い方だ。 今、ふと思った。「慇懃無礼(ていねいな言葉づかいで失礼な事をいう)」という言葉があるが、「~させていただく」の連発は、「慇懃無責任」というかんじだ。 自分も明日からは、「~させていただく」を乱発しないように気をつけよう。

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