「1000円の方からお預かりします」という言い方は、本当にいけないか?
「~させていただく」は多用される。
その理由を考えてみた。
1.「させていただく」と長ったらしい舌を噛みそうなことばをわざわざ言うことで、相手への敬意を示す。
2.自分が「する」のではない。あなたが私に「させて」、私はそれを「いただく」のだということで、距離感が出て、直接感が減り、ぼやけるので、敬意になる。
この「相手との距離を遠くして、はっきり見えないよう、ぼやけるようにすることで敬意を示す」というのは、日本語の敬語の基本原理だ。
「あの人」を丁寧に言えば、「あの方」になる。方角で遠くした方が丁寧になる。「妻」を丁寧にいうと「奥方」になる。奥の方にいる人という意味だ。
今、大河ドラマ、「篤姫」で、篤姫が将軍家に嫁入りすることを「御台様になられる」といっている。この「御台」も場所だ。最初の幕府、鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻、当時のトップレディ、北条政子への敬称は、御台所(みだいどころ)である。台所とは、もともとは立派な場所のことだ。
なお、源頼朝を、御家人が呼ぶときの呼び方は、源様でも、頼朝様でもない。名前を直接呼んでは無礼である。「鎌倉殿」とよばねばならない。
天皇陛下、大臣閣下、皇太子殿下というように、敬意を示す単語になぜか「下」という文字が使われる。陛下とは、貴人の前の階段(陛)の下に控えているお付きの者のことだ。天子様に直接もの申すのは失礼にあたる。何か言いたければ、「陛下」のお付きの者に言えということだ。なお、「殿下」を直接指す言い方は、「殿上人(てんじょうびと)」となる。
貴人に会うときに直接は、無礼だ。天子様のお顔を直接見てはいけない。だから天皇と配下の者の間には、御簾がかかっている。近いのも無礼だ。殿に接見するときは、遠くで土下座して控える。「近う寄れ」と言われて、はじめて近くに行って良い。
店で、「これください」と言うと、店員は「こちらですね」と答える。「これですね」と直接言うと、失礼になる。「こちら」と言って範囲を広げる。
最近は、「1000円の方からお預かりします」という言い方がきらわれている。
わたしも好きではないが、そういう言い方をする気持ちはわからないでもない。「1000円の方」というように、方角、場所に言いかえて敬意を表すのは、日本語の昔からのあり方だからだ。