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ブラジルの「あのサッカー」がなくなったら寂しい

 村中は、サッカーについては、つい最近やっと見方が分かり、0-0でも何とか楽しめるようになった程度の、「にわかファン」ですが、それでも今回のワールドカップで、ブラジルがドイツに7-1で惨敗したことにはショックを感じました。

いくら攻撃と守備の主力を欠いているとはいえ、あのブラジルが、6分間で4点も失点していく様を見て、茫然自失としました。

ブラジルといえば、自然児がラテンのリズムに乗って、ヘラヘラ笑いながら、次々に華麗なゴールを決めていく、ナチュラルサッカーが魅力でした(今は、過去形で書かなければいけないのが悲しい)。


ブラジル代表はこれからどうなるのでしょうか。もちろん、今回の雪辱を期して、ブラジル一丸となってチームの強化に取り組むのでしょうが、もしかすると、勝利優先になるあまり、かつてあったような華麗なプレーは陰を潜めてしまうのかも知れません。

ブラジルはまた強くなるのかもしれませんが、「あのブラジルのサッカー」は、もう見られなくなるかもしれません。

これは相当に寂しいことです。

何に例えればいいでしょうか。たとえば、もしこの世から「リオのカーニバル」がなくなったとしたら、一回もカーニバルを観たことがない人でも、さびしい気持ちになると思います。えー、なくなっちゃうの~、みたいな。

あるいは、フェラーリが、将来、経営危機に陥ったとして、そこに敏腕経営者が乗り込んで、見事に業績を回復させたはいいが、その後、発売されるのは、何にも面白くないフツーのクルマばかりということになったら、それはやっぱり寂しさを感じます。わたしは今クルマは持っていないし、将来、フェラーリを買うこともないでしょうが、やっぱり寂しく思うでしょう。これが他の自動車会社だったら、そういうことは感じませんが。

同じように、ブラジルのサッカーがなくなることは、それは単に「ある国のサッカーが弱くなった」ということにとどまらず、「世の中から楽しいものが一つ減る」、「ジャンルの消滅」ということのような気がするのです。


「これを超える試合はない」とまで評される、1982年ワールドカップの「ブラジル・イタリア戦」や、ロナウド、ロナウジーニョ、アドリアーノ、カカの「カルテット・マジコ(魔法の四人組)」を擁した、2006年のワールドカップのDVDなどを見ると、各選手が、ソフトなパス回しをしながら、次から次へと前線にわき出てきて、気がつくとシュートを放っている、その様は、繰り返しの鑑賞にも耐えられる、まさに「スポーツの芸術」でした。

ブラジルといえば、どんな路地でも、子供達がストリートサッカーに興じており、それが「ジンガ」と呼ばれる、独特のリズムによるボールさばきを生み出したとのことですが、しかし、今、ブラジルでは、路地で子供達がサッカーをする様子はほとんど見かけないそうです。

すでにサッカーは、ストリートで身につけるものではなく、養成所で学ぶものになっているそうです。良くも悪くも、ブラジルは昔よりはお金持ちの国になったのです。

かつて日本映画には、黒澤明、溝口健二、成瀬巳喜男など、きら星のような名監督が素晴らしい映画を作り続けていた時期がありましたが、それは戦後まもなくの、まだテレビがなく、映画が娯楽の王様であったという、「時代の特殊条件」の賜でした。

それと同じように、ブラジルのあの華麗で楽しいサッカーも、「1960年代~2000年代の時期のブラジルの時代背景だけに生まれ得た、ある特殊なサッカー」として、今後は、過去の試合のDVDでしか観ることのできない、「文化遺産」になっていくのでしょうか。

うーん、本当にどうなるんでしょう。2018年のワールドカップ、ロシア大会まで、ブラジル代表の動きはウオッチしたいと思います。

(※ といいつつ、10月にはさっそく日本に親善試合に来るのですが)

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