「遠足文」というタイプの悪文があります(というか、私が名付けました)
遠足文とは「できごとを起きた順番に書く」という文章のタイプです。具体例としては、「今日、遠足にいったときのことを作文しなさい」というお題に対し、次のように書くことになります。
————————————————————
今日は待ちに待った遠足の日です。
僕は昨日から楽しみで眠れませんでした。朝起きると、空は晴れていて、本当に良かったと思いました。学校につきました。○○くん、○○ちゃんもみんな嬉しそうな顔をしています。
(以下、その日の遠足の思い出、「みんなで遊んだこと」「お弁当がおいしかったこと」「途中雨が降ってきたこと」などが時系列で書かれる)
とても楽しい一日でした。僕は遠足に来て、本当に良かったと思いました(おわり)
————————————————————
この「遠足文」が「読み手にとって価値の低い文章」であることは誰もが賛成すると思います。その日の思い出を順番に書かれたので、書いている本人は気楽かもしれませんが、読まされる方はたまったものではありません。
では、子どもはなぜこのような遠足文を書いてしまうのか、理由は次の3つです。
- 「子どもの作文は自分のことだけ考えており、読者サービスという概念がない」
- 「時系列に順番に書いておけば、一応、文章がまとまりをもって完成する(宿題が提出できる)」
- 「時系列なら書くのがラク、あれこれ考えず思い出した順にかけば良いから」
そう、「遠足文」というのは書く側にとっては、とっても楽で魅力的なスタイルなのです。
***************
IT業界の導入事例では、構成がテンプレート的に統一されたものをよく見かけます。章立ては「背景」、「課題」、「導入効果」、「今後の展開」というように常に同じです。テンプレート化している理由は、「形式を統一すれば読者は混乱せず読むことができ、作る側の業務も効率化される。見た目にもオーガナイズされており企業コンテンツとしてふさわしい」というもののようです。
私は、こうしたテンプレートは「遠足文」の一種ではないかと考えています
(次回につづく)