導入事例と、それ以外の広告媒体—例えばパンフレットや会社案内、ホームページ、展示会、リスティング広告との違いとはいったい何でしょうか。それは「通常の広告は予算さえあればできる。しかし事例はそうはいかない」ということです。
極論すれば、通常の広告は予算をとって委託先に任せれば、少なくとも形にはできます。しかし導入事例の場合は、それに加えて「あなたの製品やサービスを使うお客様(顧客)に、事例記事への出演をOKしてもらうこと」が必要です。
この出演依頼(アポ取り)の問題は、予算(お金)では解決できませんし、委託先に任せることも不可能です。第三者に当たる委託先の担当者が、いきなり顧客に電話やメールをしたのでは、顧客から見て不自然です。そればかりでなく、顧客情報を第三者に漏らしたとも捉えられかねません。
というわけで事例のアポ取りはあなたの会社のだれかが自力でやるほかありませんが、この作業はなかなか思うようには進みません。特にマーケティングの担当者からは、「顧客企業に事例出演を依頼するとなると、担当営業を通して頼まなければいけない。しかし営業部はなかなか動いてくれない…」と相談されることがよくあります。
営業部からは、
「今はまだタイミングが悪い」
「先方で人事異動があったばかりだし、もう少し様子を見よう」
「一応、依頼はしてみるが、あの会社の社風からいって、事例出演は難しいんじゃないかな…」
「どういうルートで頼むのが一番いいか、まずそれを見極めないと」
などといった反応があります。
この問題には簡単な解決策があります。それは「営業担当者を通さずに、マーケティング部の担当者であるあなたが、自分で直接、顧客に出演依頼をすること」です。
こう言うと、
「そんなことしたらダメでしょ、先方に失礼でしょ」
「お客さんと見ず知らずの私がいきなり連絡してもOKなんて取れるわけないでしょ」
「やっぱり顧客とツーカーの営業担当者が依頼しないと」
と思われるかもしれません。しかし、そんなことはないのです。
私は会社員時代、内勤のマーケティング部でしたが、事例の出演依頼は基本的にすべて自分でやっていました。メールと電話を使って、会ったこともない顧客に出演を依頼するわけです。
その方法でかれこれ200社のアポを取りました。自治体や大手都市銀行も自力でアポを獲得したことがあります。
見ず知らずの私がいきなり連絡したことで相手企業からクレームが来たりしないのかと思うかもしれません。しかし、そういうことは一度もありませんでした。
その理由は、私が「自分、個人」ではなく「会社」として顧客に連絡したからです。顧客は「会社」と取引しているのであり、営業担当者やマーケティング部の私など「個人」とつきあっているわけではありません。「会社として(または、会社のマーケティング部として)」連絡する限り問題は生じないのです。
では営業担当者がいう「しかるべきルートを通さないと」などのコメントはいったい何なのか。ここであえて申し上げますと、それはほとんどの場合「営業担当者が自分の存在感を高めるために言っているだけの話」、あるいは「根拠のない、単なる勘違い」だと筆者は考えます。
ある有名雑誌の編集長であるAさんに聞いた話です。Aさんが雑誌の編集記者だったころに、とある業界の大物に取材アポを取る必要に迫られました。まだ新人だったAさんは最初、周囲に相談してみました。すると、「関係機関のしかるべきルートを通す必要がある」「あの人は紹介がないと会わないらしい」など言われたそうです。
しかしAさんにはそんなコネも当てもありません。そうこうするうちに締め切りが迫ってきます。思いあまったAさんは、いきなり自分でその大物の事務所に電話をしました。すると電話にはその大物本人が出てきました。Aさんは、名を名乗り身元を明かし、取材をしたいという意志、取材の趣旨や内容、掲載形態など礼儀正しくかつ明確に伝えました。すると、あっさり取材OKが取れてしまったとのことです。
この経験を経て、Aさんは「関係機関を通さないとダメ」「紹介が必要」という話は、別に根拠があるわけではないと気付きました。そういうことを言う人は、「話を重たくして、もったいつけて、自分の存在感を高めようとしているだけ」なんだと判断し、以後はどんどん自分で取材アポを取るようになったとのことです。
これは営業担当者に限ったことではありません。多くの人には、他人に何か質問されたとき、人は「それは簡単ではない」「それを実現するには●●の障害がある」など、否定的なことを言いたがる傾向があります。
そうして話を重たくした方が、コメントした自分に「重厚感」「大物感」が漂うからです。しかしそれらコメントに実体験に基づく確かな根拠があるかというと、ほとんどの場合ありません。根拠のない怖がらせ話、あるいは「都市伝説」にすぎないといってよいでしょう。
さらに営業担当者は、話の端々に「この顧客はオレじゃなきゃダメだから」という雰囲気を差し挟む傾向があります。売れたときには「自分だから売れた」とし、売れなかったときには「誰がやってもダメだった。しかたがない」という流れに話を持って行くわけです。
「誰でも売れる」とか「売れなかったのは自分が悪かった」というのでは、自分の存在価値を否定することになります。そうならないよう「オレじゃないとダメ感」を常に漂わせようとするわけです。
これはよしあしの問題ではなく、営業担当者の立場としては当然の行動といえます(私が営業部所属なら、同じように振る舞うと思います)。というわけで営業部の話は鵜呑みにせず、常に話を差し引いて聞かなければいけません。
もしかすると実情はもっと単純な話かもしれません。営業担当者はなぜ「今はタイミングが悪い」「しかるべきルートを通さないと」などコメントして、積極行動しないのか?それは単に「面倒くさいから」かもしれません。
営業担当者は、事例に対しては「総論賛成、各論反対」となるのが一般的です。いい事例をたくさん作るべきだ、という話に対しては、どの営業担当者も「その通り。事例は重要な営業ツールだ。どんどん推進するべきだ」と同意します。これが総論賛成です。
しかしいざ具体的に顧客に出演依頼をするとなると、みな動こうとはしません。内心で「そんな面倒なことは、自分以外の誰かがやってほしい」と思っているからです。これが各論反対ということです。
営業担当者にとって顧客に事例出演を依頼するのは面倒なことです。そもそも事例OKを獲得したからといって、自分の営業ノルマ達成に役立つわけではありません。
むしろ時間と手間がかかる分だけ、営業成績の妨げになるとさえいえます。というわけでホンネは「やりたくない」のがほとんどです。
しかし「面倒なのでやりたくありません」とは言えません。だから「時期尚早」「しかるべきルートを通さないと」のような、けむに巻くコメントをするわけです。
マーケティング部のみなさんはこんな曖昧な話を当てにしてはいけません。営業部が動かないのなら自分が動けばよいのです。「事例のアポ取りは営業担当者がやらないとダメだ」といった固定観念、都市伝説に惑わされてはいけません。
原理原則に立ち返りましょう。その原則とは何か。繰り返しになりますが、「顧客は営業担当者という個人と付き合っているのではなく、会社と取引している」ということです。
みなさんも自分個人ではなく「会社のマーケティング部として」連絡すればよいのです。そして編集者Aさんのように、事例取材の趣旨、事例の掲載形態などを礼儀正しく的確に伝えれば、みなさんが思い込んでいるよりは、はるかに簡単に事例アポを獲得できるのです。
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