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私はこうして事例で起業した(2)

クビになったのはそれなりにショック。翌日、公園を散歩すると、いつもより光が眩しく感じた。頭の中で、今まで経験したことのない何とかミンとか、そういう化学物質がドパーと出ているかんじ。これが頭が「真っ白」というヤツかと思った。

解雇は突然だったので、当然、次の職のあてはない。どうするか。

わたしは会社員生活がきらいではなかった。何が何でも起業とも思っていなかった。一生、会社員でも、まあ、別によかった。ただ、周囲が次々、金銭解雇されていくのを見ているうち、自分もずっとは勤められないんだろうなという気がしてきた。そこで、在職時から人材斡旋エージェントみたいなのに、一応、登録はしていた。何を隠そう、創業時の楽天に面接にいったことがあります。東横線、祐天寺のオフィスだった。面接官は三木谷社長。落ちましたけど。

最初はやっぱり転職かな。。。と思ってエージェントに相談した。しかし起業にもちょっと興味があった。一回はやってもいい気がした。そのとき38歳。まあ、最後のチャンスですよね。よし、やろうと思いました。

だけど退路を断つほどの根性もなかった。転職エージェントには「起業します。でも半年たってダメだったら、転職の相談に来ます。その時は『この人は半年の起業経験を通じ、ビジネスマンとしてより成長を遂げました』とか何とか言って、次の会社に売り込んでください」と、分けの分からない理屈をいって、むりやり二股かけました。

さて、それでは起業である。何をやるか。これはすぐ決まった。自分一人で始めるなら、事例制作が一番いい。(つづく)

顧客(取材先)からのクレームには一種類しかない

事例の原稿は、公開する前に、顧客(取材先)のチェックを通過する必要があります。一回ですんなり通ればよいのですが、時には不満が表明されることもあります。

「少しまとまりに欠ける気がします」
「全体の論調に違和感があります」
「取材で話した内容とちょっと違うような気がします」などなど。

このようにクレームの表現形態は様々です。しかし、いろいろ言っているように見えても、実は本質内容は、常に一種類。それは「この原稿は、セルフイメージに合わない」の一点です。もっと簡単には、「こんなのオレじゃない/私じゃない」ともいうことです。

「こんなの私じゃない」と「私はこんなことを言っていない」は似て非なるものであることにご注意ください。「この内容は私が語ったのと違う気がする」というのは、翻訳すれば、「これが私が言ったこととして世に出るのは、許したくない」ということです。

誤解を恐れず言いきると、取材先にとって、「(事例原稿に)自分が言ったことが言ったとおりに書いてあるかどうか」は実はどうでもよい。大事なのは、書いてある内容が「自分の(あるいは我が社の)セルフイメージ」に合っているかどうかです。

「スマートな先進IT企業
(に勤める仕事のできるビジネスマン)」

「まじめ一筋の製造業
(に勤める誠実な職人技術者)」

「みなさまに貢献する地域密着企業
(に勤める、人と人の絆を大事にする営業マン)」

などなどセルフイメージには様々あります。自分の発言として世に出る原稿は、必ずこのセルフイメージの範囲に収まっている必要がある。

「内容が取材で話した内容とちょっと違う気がする」と言われたからといって、録音内容をもう一度聞き直して、相手のセリフを再現する必要はありません。むしろやるべきは、事例原稿のどの部分が、相手のセルフイメージ検閲に抵触しているかをよく見極め、論理展開や口調を、相手の自己イメージに適合するよう書き換えることです(これを行うのに録音内容を聞き返す必要はありません)。

あなたが誰かの肖像画を書いたとします。それに対し、相手から「何か違和感がある」と言われたとする。これは「似てない」と言っているのではなく、「こんなの私じゃない(=私の心の中の私はこれとは違っている)」と言っているわけです。だから対処方法は、「相手が心の中で思い描いている自分」を見極め、それに近づけるように描くことです。事例原稿の修正の原理も、大きくはこれと同じです。

事例で起業した理由

「村中さんはなぜ事例専門の会社なんてユニークな形で起業したのですか?」とよく聞かれます。

その質問には「会社員として事例マーケティングしたのがうまくいったので、事例ならいけそうだと考え、起業しました」と答えています。

ただ、この話、ウソではないが、実は言っていないことがあります。実は、自発的に会社をやめて起業したのではなく、会社をクビになってしかたなく起業したのです。

カスタマワイズも創業17年目になりました。いろいろな話ももう時効でしょう。あらためて、クビになった経緯、起業した経緯、立ち上がり時期にどう顧客をつかんでいったか、などを記してみたいと思います。

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ある日、就業中、突然、人事部長から奥の会議室に呼び出された。席に着くと、人事部長が開口一番、「村中さん、おやめください」と言う。私の何が不十分なのか、その説明は30秒ぐらいだった。その後、「今、自己都合でやめれば、給与の数ヶ月分をパッケージとして出します。やめない、というのであれば、パッケージはありません」と説明があった。

私は外資系ソフトウエア会社に勤めていた。その時、勤続9年目。その年数なのに、会社では1,2を争う古参社員、古株だった。社員の入れ替わりがすごく激しい会社だったからだ。それまでにも、多くの社員が「パッケージ付き解雇」、「金銭解雇」されてきた。だから自分が言われても、そこまでの驚きはなかった。

ゴネてもしょうがないので、その場で退職書類などもろもろの書類にサインした。そして帰宅。翌日、出社すると、社内ネットワークにはすでにログインできなくなっている。私物類をダンボールに詰めて宅急便を手配し、同僚に挨拶し、会社を出た。これで解雇退職は完了。もちろん次の仕事のあてはない。こうして私は30代後半で無職となった。
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(つづく)