村中は、ふだん事例の文章を書くとき、この「メクリとヒキ」を意識しています。少しでも「わかりよい文章」「読ませる文章」に近づくようにと願ってのことです。
以下、経営コンサルティングの事例の文章を題材にして、解説します(文中の固有名詞や設定は架空のものです)。
― XYZファームのコンサルティングはどのように進んだのでしょうか。
XYZファーム(中村さん)は、いきなり提案することはせず、まず「現状の調査」から着手しました。この現状調査というのが、従業員にヒアリングするといった小綺麗なことではなく、従業員がパンを焼く現場に、自分もエプロンをつけて、いっしょに作業をするという実際的なものだったので、驚きました。ただ、最初の頃は従業員にはあまり歓迎されなかったようですが。
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インタビュー文では、各章の冒頭の質問が、漫画でいうメクリゴマの役割を果たします。ここでは、冒頭の黄背景の箇所、「XYZファームの…」という質問がそれです。この質問は、章全体に対し、「見出し」、「問題提起」としても機能しています。この一行を読めば、つづく数行の文章に何が書いてあるかが分かります。いいかえれば、この質問の一行を通じて、読者は「話の地図」を入手できます。
赤背景の文、「XYZファーム(中村さん)は…」は、質問に対する回答、すなわちメクリに対するオチとなります。漫画と違い、事例にはエンタメ要素が希薄です。要するに、基本的には題材があまり面白くありません。それをふまえて、書き手が気をつけるべきことは、おもしろくないとしても、せめて読者をイライラさせないことです。
そのためには、質問(メクリ)には、次の文で、ただちに回答(オチ)をつけなければいけません。答はこの後の文でゆっくりと…というのは許されません。そんなダラダラした進行だと、読者は「おい、早く質問に答えろ」とイライラしてきます。
その後の文章は、質問への回答の「さらに詳しい説明」です。
章の最後の黄背景の箇所「ただ、最初の頃は従業員には…」は、漫画でいう「ヒキゴマ」に相当します。「最初の頃はあまり歓迎されなかった」と書いてあれば、どういう風に歓迎されなかったのかが何となく知りたくなります。これで「引いて」みたわけです。
― 「最初は従業員に歓迎されなかった」とは具体的には。
現場の目から見ると、中村さんは、わたちたち経営層が送り込んだ「スパイ」に見えたようです。得体の知れないコンサルタントがエプロン付けてニコニコしながら乗り込んできたが、腹の中では何を考えているやら…、どうせ俺たちの欠点を見つけて、妙なレポートでも書くつもりなんだろう、経営層にチクるつもりなんだろう…ぐらいにも思われたようで、最初の頃は中村さんもずいぶんご苦労なさったようです。
しかし、その「疑惑の期間」をくぐり抜けた後は、従業員の中村さんへの信頼は揺るぎないものになりました。今思えば、初期のいざこざは「信頼を得るまでの生みの苦しみの期間」でした。
その後の支援では、様々な形で試行錯誤していただきましたが、最終的には「座学研修をするよりも、会議の途中で、いちいちXYZファームに口を差し挟んでもらうのが一番効果的」という結論に達しました。
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冒頭の黄背景の質問(メクリ)では、前章のヒキで使った言葉を、カッコ(「」)で括って持ってきました。その後に「〜とは具体的には?」ということで、質問に変身させます。安易な手法ではありますが、簡単にメクリがつくれるので、村中は良く使います。
その後、赤背景のところでで回答(オチ)を、最後の黄背景の箇所で、つなぎ(ヒキ)を作っています。
― 「会議の途中でXYZファームが口を差し挟むのが一番効果的」といいますと?
最初は、「従業員が座学研修を通じて、企画立案や社内コミュニケーションの方法を学び、そこで学んだことを会議で実践する」という方法を取っていましたが、やや迂遠。もどかしさがありました。
それよりは、会議の途中で、発言した従業員に「つまづき」があったとき、すぐ中村さんに指摘していただき、その場で是正する方が、話が早く、学習効果も大きく、また会議の質も早期に(その場で)向上します。
ちなみに、中村さんからは、私たち経営層に対し、「(私が求めたとき以外は)会議で発言しないでください」と指示がありました。私たち経営層は、良いアイディアを思いついたとしても、それを発言することは許されません。ダメ出しなどもってのほかです。「アイディアは、経営層ではなく従業員が出す」というように、強制的に会議のルールを変えたのです。
会議の席では、経営層は口出しはしないという意志を明確に伝えるために、×点を書いたマスクを口につけたことさえありました。
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またもや、前章のヒキの言葉を受けて、「〜といいますと?」をくっつけて質問にしています。我ながら安易だとは思いますが、このやり方しか思いつきませんでした。
この文では、回答(オチ)がちょっと長い。もう少し短く回答できた方がよかったです。最後の文は、あまりヒキにはしていません。文章にここでいったん区切りをつけたかったのです。
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